母が30代の頃に着ていた鹿の子模様の着物。
現在では、お洋服の裏地は目立たない色や馴染む色を使われているのが一般的です。
八掛(袖口や裾の裏地)の色合いに、こんなにも鮮やかなローズピンクが使われるなんて!
そんな当時の日本人の粋な感性と美意識に触れ、創作意欲が湧きました。
洗い張りの職人さんが、古い着物を新品同様の反物に仕上げてくださる美しさに何度見ても感動してしまいます。
来月には84歳の誕生日を迎える母。
父が亡くなってから丸3年が経って落ち着きを取り戻し、やっと母らしい笑顔が戻ったように感じます。
ジャケットの襟は剣襟と呼ばれる上に尖ったピークドラペルで、母の気持ちが少しでも上向きになるように願いを込めデザインしました。
鹿の子模様は、小鹿の背中の斑点を表した柄で伝統的な縁起物のひとつ。
神の遣いとも言われる「鹿の生命力や繁殖力の象徴」にあやかって、母に生きる力が宿りますように。
日頃、母が元気でいられるのは、孫たちやひ孫の存在のおかげです。
いつも母を支えてくれてありがとう。
動物が大好きで、子犬や子猫をどこからか連れてきてしまうのは母でした。
まだ小学生だった私たち姉弟に「一回触ったら10円あげる」とお金でつられ、怖いのに一瞬だけ触って逃げるというのを本気でやっているうちに、いつの間にか犬や猫の可愛さに魅了されていました。
当時知り合いからアヒルをもらってきてしまった母は、親戚の子に「アヒルのおばちゃん」と呼ばれていたことがあります(笑)
ガオという名前のアヒル、母に懐いてよく後ろを一緒に歩いていたのが切ない思い出です。
ついこの前「明日は大事な仕事でお客さんに会うよ」と電話で伝えたら
「ほら、そしたらちゃんとニコニコしないと…」と母に言われハッとしました。
今までの人生が大変なことが多かった母だからこそ、笑顔や明るさの大切さを身を持って体験し、私たちに子供の頃からそれを教えてくれていたのかも。
勉強しなさい、と一度も言われず好きなことしかできずに育った私たち姉弟ですが、自然に任せて育ててくれたこと、笑顔の大切さを教えてくれたことに感謝が溢れます。
母を真ん中にして、左から私、弟、姉。
撮影日の次の日には、みんなで母の本籍地の横浜観光を楽しみました。
高い所が大好きでテンションが上がる母は、みなとみらいの観覧車(シースルー)に乗って、元気を充電できたみたいです。
(私はずっと手に汗を握っていて、シースルーの足元は見られませんでした)
去年までできていたことが出来なくなったりして心細くなったりすることもありますが、一日でも一秒でも長く生きてほしい。
そして幸せを感じてほしい。それが私たち姉弟の今の願いです。
八掛(袖と裾の裏地)の布だけではブラウスに仕上げる生地が足りなかったため、ブラウスの襟と袖には新品のコットンを使いました。
30代の頃に仕立てた着物を80代の母のためにリメイクをして、着物の色や柄は年代を問わず長く着られる(若々しさの中にも落ち着きのある)ようなものになっていると改めて感じさせられました。
元々はメンズのテーラードカラーですが、内側のVラインをなだらかな曲線を描くことによって女性らしい甘さを表現できるのも立体裁断ならではの表現です。
襟の外側のラインもふっくらとさせてシャープさよりも柔らかさが出るように工夫しています。
これまでの母の人生の道のりが平坦なものではなかったからこそ、思い出はキラキラしたものでいて欲しい。
そんな想いを込めて、ボタンにはお花柄と輝きのあるものを選びました。
ものや情報の溢れた時代ですが、手から生み出すものには様々な想いを込められる。
そして想いの込められたものには、力が宿ることも実感しています。
ご自身やご家族の大切な思い出の詰まったお着物に新しい息吹を吹き込み、お洋服やドレスに仕立てる着物リメイクを行なっています。